第37章 この素晴らしき世界〔仁王雅治〕
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別れ際のキスの意味をいくら考えても、答えはいつまでたっても出なかった。
恥ずかしながら個人的にはかなりご無沙汰だったそれは、私が否応なしに彼を意識してしまう理由としては充分だったけれど。
大人をからかいたいお年頃なのだろう、いちいち意味を見出そうとするのは徒労だと無理やり自分を納得させるまでに、たっぷり二週間はかかった。
言い換えればあれから二週間、仕事以外のときはほとんど仁王くんのことを考えていたということで。
四六時中誰かに想いを馳せるなんて、まるで恋でもしているみたいだ。
六つも離れた高校生相手に?
……いや、まさか、ね。
営業先へ走らせる車の中、また脳裏に彼の顔が浮かんで、よくないな、と首を振る。
気分転換にジャズでも聴こうと、しばらくオフにしていたカーオーディオを入れた。
CDを読み込む機械音のあとに流れてきたのは、仁王くんを送った日に聴いた、あの曲だった。
確かブックレットを読んでいたっけ、なんて思いながら信号で停まるのを待って手に取ると、間に紙が挟まっていたようで、助手席の足元にひらひらと落ちた。
レシートかと拾い上げると、電話番号の走り書き。
仁王雅治、という字を見て、心拍数が一気に上がった。
なんとか仕事を終えて、家へ帰って。
あんなに上の空だったのに、事故にならなかったのは奇跡に近いと思う。
冷蔵庫のあり合わせで作った夕飯をつつきながら、ちゃっかりアドレス帳に登録した彼の名前を見つめる。
からかっているだけなのかもしれない。
私がその気になるかどうか友達と賭けているとか、武勇伝の一つにしたいとか、そんな話なのかもしれない、けれど。
でもやっぱりあのキスの意味が知りたくて。
いや、そして何より彼にもう一度、会いたくて。