第37章 この素晴らしき世界〔仁王雅治〕
世間話をしながら、ナビが指定してきた海沿いの幹線道路を走る。
窓の外には、水平線に今にも吸い込まれそうな夕陽。
ちらりと盗み見た仁王くんの銀髪が、光を受けてきらきらと煌めいているように見えた。
「オネーサン、ジャズ好きなんか?」
信号待ちでふと訪れた沈黙を破った彼は、ダッシュボードに何枚か置いてあるCDに手を伸ばした。
中のブックレットを真剣に読み込んでいる。
「うん、そうなの。私ジャズピアノやってて」
「ほーん」
「高校生だし、ハードロックとかポップスが好き? ラジオ入れようか?」
「いんや、これ聴きたい。入れてええ?」
CDがオーディオに吸い込まれた。
まもなく流れてきたのは、名曲中の名曲「What a wonderful world」。
窓の外の絶景と、トランペットの甘美な旋律と、隣に座る美少年と。
ああ、なんて贅沢な時間だろう。
仁王くんにお礼をするつもりだったのに、私の方がご褒美をもらってしまったような気分だ。
彼の家へ着いたのは、日が完全に落ちて暗くなってからだった。
「ここでええよ」と言われた黒っぽい外壁がモダンな一軒家の前で車を停めると、仁王くんは「やっぱ電車より速いのう、ありがとな」と言った。
「こちらこそ、本当にありがとう」と口にした、直後。
ふわりと唇に触れた、レモンミントの香り。
「またな、渚チャン」
私が状況を飲み込むより前に、彼は素早く助手席のドアを開けて、車から降りていく。
指先でつまんだ名刺をひらひらさせながら、家の中へ姿を消した。
うそ、最近の高校生って、気軽にキスできちゃうの!?
その後ろ姿を見送ったあとも、私は顔が熱くなるのを感じながら、しばらく呆然とした。