第37章 この素晴らしき世界〔仁王雅治〕
彼が提示してきたのはお互いに気を遣いすぎないような絶妙な要求で、他人との距離を保つのが上手だなと思った。
見た目以上に大人びていて、とても高校生とは思えない。
私は内心驚きながら「かしこまりました」と言って、車へと案内した。
律儀に「おじゃまします」と言いながら助手席でシートベルトをする彼から、マリンのようなデオドラントの香りに混じってふわりと汗のにおいがして、男の子なんだなと実感する。
エンジンをかけてエアコンを入れてから、私は「申し遅れました、私林渚です」と言って名刺を手渡して、車を出した。
隣に座って名刺を手の中で弄ぶ彼は「ニノくん」でも「ニオくん」でもなく、「仁王雅治くん」だったらしい。
あの病院には、院長先生が立海テニス部OBだという縁で、中三の頃から通っているのだという。
テニスのことを尋ねると、部活でレギュラーだというところまでは予想どおりだったけれど、中学時代から全日本のメンバーにも選ばれているというものすごい実績を、まるで何でもないことのようにさらりと言うからつい聞き流してしまいそうになって。
目を白黒させていただろう私を、仁王くんは喉の奥で小さく笑った。
手近なところにあったコンビニに入って、彼が指定してきたスプライトと私用のアイスコーヒー、そしてなんとなく彼っぽいなと思ったレモンミントのガムを買った。
車に戻って手渡すと「サンキュ」と笑顔を向けられて、それがあまりに綺麗で、どきりとする。
胸の高鳴りをごまかすように彼の家までの道を尋ねて、カーナビの操作に意識を集中させた。
「この前、どうして私がMRだってわかったの?」
「俺いつも受付時間ぎりぎりに行くんじゃけど、あの日も俺で打ち止めでのう。俺の後に来たっちゅうことは患者じゃないんじゃろて思ったナリ」
「そっか、なるほどね」
「怪我しちょる感じもせんし…紙袋に社名も入っちょったろ?」
「すごい、よく見てるのね」
「スポーツしちょるようにも見えんかったしのう」
「やだ、太ってるって言いたいの?」
「ははは、そうとは言っちょらんぜよ」