第37章 この素晴らしき世界〔仁王雅治〕
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結局、彼の情報の真偽を迷うまでもなく、あの先生を籠絡できそうなきっかけが他にまるでないことはすぐにわかった。
それはつまり、不思議な言葉を操る彼の一言に、賭けてみるしかないということ。
テニスのルールさえおぼつかなかった私は、それから一週間、家に帰ってからテニスをひたすら勉強した。
四大大会があること、有名選手とそのプレースタイル、ラケットやシューズのメーカー、用語。
動画サイトで試合を見続けていたら、だんだん面白さがわかってきて。
途中からは食い入るように見入って、いつの間にか明け方になっていた日もあった。
一週間後、今度は昼休みに訪ねてみた。
「また来たの?」なんてお決まりの嫌そうな顔をされたけれど、ダメもとでテニスの話題を振ってみると、それまで沈黙が苦痛で仕方がなかったのが嘘だったかのように食いついてきて。
午後の診療開始ぎりぎりまで盛り上がって、まさかの契約までこぎつけてしまった。
会社まで戻る車の中で、夢なんじゃないかと頬をつねってみたけれど確かに痛くて、やっぱり現実なのだと思い知る。
カーナビに表示された「立海大附属高」という文字に、有益すぎる情報をもたらしてくれた彼の顔が浮かんだ。
初めて先輩に褒めてもらった後、定時を少し過ぎて会社を出た。
その足で急いで向かったのはあの高校。
学校の敷地の周りを車でぐるりと一周している途中、校舎に横断幕が掲げられているのに気がついた。
「男子テニス部 IH優勝おめでとう」の文字に「え」という驚きの声が誰もいない車内に響く。
そんなに強かったのか、知らなかった。
コートが見える駐車場に車を停めた。
他の部活が次々引き上げていく中、テニス部はまだ練習をやめる気配がなくて、さすがだななんてひとりごちる。
何面もあるコートをざっと見渡すと、彼はすぐに見つかった。
遠くからでも目を引く銀髪。
彼がラケットを振るたび、尻尾がふわふわと跳ねる。
たかだか一週間勉強しただけの私でも、ニノくんがとても上手いのだということはすぐにわかった。
ボールを追う真剣な表情は、この間の飄々とした雰囲気とは全然印象が違ったけれど、それはそれで見とれてしまいそうになるほど格好よかった。