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短編集【庭球】

第37章 この素晴らしき世界〔仁王雅治〕


彼が帰っていってしばらくしてから、診察室へ入るよう促された。

四十代前半の院長先生は相変わらずのしかめっ面で、愛想もくそもない。
世間話も一方通行で途切れがちで、私ってこんなに他人とのコミュニケーションが下手だったんだっけ、と焦りばかりが募る。

口をついて出てきた新製品の痛み止めのセールストークは「あー、もういいから」なんて言葉とともに手で遮られた。
まさに取りつく島もない状態で、これ以上は無理だと判断した私は、紙袋から出したパンフレットを差し出して「お忙しいところ失礼しました、また出直します」と一礼した。
中は上着なしでは寒いくらいだったけれど、変に緊張しているせいか嫌な汗が出て、診察室のドアノブにかけた手のひらが少しべとついた。




ああ、こうなることはなんとなく予想していたけれど、やっぱりだめだった。

そんなことを思いながら意気消沈して医院の扉を開けると、さっきの彼が隣の車止めに座っているのが見えた。
私の車の陰にすっぽり隠れるように、折り曲げた両膝に軽く顎を載せて、スマホ片手に気怠げな表情。
親の迎えでも待っているんだろうか。

今度は意識的に、彼の方をあまり見ないようにしながら歩く。
車まであと数歩のところまで近づいたとき、ニノくんが急に口を開いた。


「営業失敗、っちゅう顔しとるのう」
「ひぇ、えっええ? 私?」


まさか話しかけられるなんて思ってもみなくて、しかも今の状況を的確に言い当てられて。
挙動不審になってしまったのは致し方ないと思うのだけれど、彼はそんな私を見て「オネーサン以外に誰がおるんじゃ」と面白そうに笑った。
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