第36章 さよならを言うのなら〔跡部景吾〕
この状態があとしばらく続くなら、自然とフェードアウトしたということなのだろうと覚悟していたのに。
景吾は優しいから長い付き合いで別れを切り出しにくいのかもしれないと、次会うことがあれば私から別れ話をしようと、そんなことまで考えていたのに。
ケトルが高い音で沸騰したことを伝えてくる。
ひとまず火を止めた。
景吾が着いたらまた火にかければいい、すぐに沸くだろう。
食器棚から景吾が好きだと言っていた紅茶の銘柄を選ぶ。
ティーポットに茶葉を入れて、ドライヤーをかけるために洗面所に戻った。
鏡に映った私は、泣きそうな顔をしていた。
髪も濡れたまま、まるで雨に打たれた野良猫だ。
自分が情けなくて、見なかったふりをしようかと思わず目を逸らしたけれど、思い直す。
この目に焼きつけておかなければいけないような気がした。
景吾の残像にいつまでもしがみついた女の成れの果てを。
自分を睨みつけながらドライヤーをかけていたら、玄関が開いた気配がした。
完全に乾くまであと少しというところだけれど、スイッチを切って玄関へ向かう。
「よう」
「…久し、ぶり」
言葉が中途半端に途切れてしまうほど胸にこみ上げてきたのは、愛しさなのか苦しさなのか、それとも安堵なのか。
涙腺がほんの少し緩むのは、私が疲れているからだろうか。