第36章 さよならを言うのなら〔跡部景吾〕
声を聞いたのはいつぶりだろうか。
かなり熱めのシャワーを頭から浴びながら、おぼろげな記憶をたどる。
三週間くらい前、偶然ついていた経済ニュースで景吾が記者会見していたのを見たんだっけ。
確か、海外の会社を買収したのが報道された直後だったと思う。
本当は瞬きもせずにテレビに張りついていたかったけれど、ちょうど急ぎの案件を家に持ち帰って片付けていたところで、手が離せなくて。
横目でちらちらと見ることしかできないのが悲しくて、景吾が思っていた以上に遠い存在だと突きつけられたような気がして、精神的にいっぱいいっぱいだったこともあって、泣きながらパソコンのキーボードを叩き続けた。
そのときも彼の声を懐かしいと思った記憶があるから、電話で話したのはもっと前だ。
仕事で海外を飛び回る景吾とは、当たり前だけれど滅多に会えない。
会えない淋しさを紛らわせるようにがむしゃらに仕事を入れていたら、いつの間にか自分のキャパシティぎりぎりのところまで追い詰められてしまっていて。
やりがいのあるこの仕事は好きだけれど、それまでは時折していた電話すら満足にできなくなった。
景吾は景吾で私よりもよっぽど忙しいのだろうと思うと、急ぎの用事でもないのに彼の貴重な時間を割くことが忍びないなと、そんなことを感じ始めたときとちょうど重なったこともあって。
テレビで見かけたことを伝えたのも、できるだけ景吾の負担にならないようにと、電話ではなくメールにしたくらいだ。