第5章 銀色の涙〔仁王雅治〕
見たくないものに限って、目に入ってきてしまうのはなぜだろう。
さっき教室を出て行った仁王が、後輩のかわいらしい女の子にお菓子を手渡されていた。
その子の耳元に唇を寄せて、仁王は何かささやいて。
彼女は真っ赤になって、首を振ったり、頭を下げたり。
見たくないのに目が離せないのは、なぜだろう。
おとといの席替えで勝ち取った窓際の席は、中庭がよく見えるから気に入っていたのに。
こんなのを見せられるなら、いっそ教卓の目の前の方がよかった。
もうすぐ仁王が戻ってくる。
普段どおり、何でもない顔ができるかどうか、少し不安だ。
残り少ない休み時間を、机に突っ伏して過ごすことに決めた。
去年の夏。
私は仁王と寝た。
そのときは、ただ行きずりで。
ただ、なんとなく。
一年の頃からずっと好きだった柳生が、綺麗な女の人と腕を絡めて街を歩いているのを見かけてしまった私は、学校近くの公園で一人ぼろぼろに泣いて。
身体中の水分が涙になって出たんじゃないかと思った頃、公園を偶然通りかかった仁王が、捨て猫を拾うように私を部屋まで連れて帰ってくれた。
私は仁王のことを、柳生のダブルスペアというくらいにしか認識していなかったけれど。
泣きたいなら泣けばいいと背中をさするだけで、何も詮索してこない仁王の優しさが、痛いほどに嬉しくて。
私はその腕に、甘えてしまった。
一瞬よぎった罪悪感から、彼女はいないのかと聞いた私に、仁王がそんなもんはおらんぜよと言ったから。
私は、仁王は仁王できっと淋しかったのだと思った。
互いに傷を舐め合っただけと言えばそれまでだけれど。
私はそれに救われた。