第4章 Over the rainbow〔幸村精市〕
「小さい頃に読んだと思ってたけど、案外覚えてないものだなぁ」
「童話の割にストーリーが長くて複雑だからね」
「どうしてあの歌が好きなの?」
「単にメロディが好きっていうのもあるんだけど…今が一番幸せなんだって、思える気がして」
ドロシーには悪いけれど、遠くに行かなくても、虹は触れられるくらい身近に作ることができて。
そして、遠い世界を夢見なくても、ここに来れば綺麗な花があって、大好きな幸村がいて。
それは、とても幸せなこと。
「…そろそろ大丈夫かな」
私は水やりをしていた手を止めた。
濡れそぼった花は、色がひときわ鮮やかになったようで。
花びらに残った水滴がキラキラと光って、アクセサリーをつけたみたいだ。
幸村は、私が固いと嘆いた蛇口をまた閉めて、まっすぐ私を見た。
「俺も、今が一番幸せだよ」
「え?」
「林がいれば、俺はそれで幸せなんだ」
普段は冗談の多い人だけれど、幸村の表情は真剣だ。
幸村が自分と同じ気持ちでいてくれたことが、とても嬉しくて。
気づけば私は、幸村の腕の中にいた。
「…私も同じこと、思ってた」
「ふふ、それは告白?」
「えっ! そう…だよ、幸村は?」
「俺? 俺はプロポーズのつもりだったんだけどなぁ」
「…!」
「駄目?」
驚いて言葉が出ない私を尻目に、幸村はまた花壇へ目を向ける。
「花もさ、きっと林の歌、聴いてたんだと思うな」
「え?」
「だから、こんなに綺麗に咲くんだよ」
そう言って笑った幸村は、虹よりも花よりも、ずっとずっと綺麗だった。
虹のように消えたり、花のように枯れたりしないでほしい。
どこか儚い幸村の笑顔を見て、私は回した腕にぎゅっと力を込めた。
fin
◎あとがき
お読みいただき、ありがとうございました。
屋上庭園で幸村と逢瀬したい!との一心で書いたのですが、いかがでしたでしょうか。
ブラック幸村をのぞかせようとすると、どうしてもギャグに走りそうになってしまって…なかなか難しい人ですね。
楽しんでいただければ、嬉しいです。
ぜひまた足をお運びくださいませ。