第35章 幸運か、それとも〔千石清純〕
「してくれるの? 幸せに」
「もちろん。なんたって俺はラッキー千石だよ?」
「そう。…なら、してもらおうかな、幸せに」
「そうこなくっちゃ!」
緊張したら喉が乾いたと立ち上がったキヨは、しばらくして戻ってきて「自販機で当たっちゃった」とホットのカフェラテを私に手渡してきた。
「俺って本当ラッキーだよね、渚ちゃんもそう思うでしょ?」なんて、スポーツドリンクをあおりながら鼻歌でも歌い出しそうな上機嫌。
違う。
しばらくキヨのことを見てきた私には、痛いほどわかる。
キヨはラッキーなんかじゃない。
もし幸運の女神さまなんていうのがいるとしたら、こんなにキヨにばかり振り向くわけがない。
いろんな失礼を承知で言えば、仮に女神さまが面食いだとしてもキヨよりもかっこいい人は少し探せばいないわけではないし、ただ単に目立つという観点なら亜久津の方がよっぽど派手に目立っているのだから、キヨだけがこんなに贔屓されるなんてありえないと思う。
キヨは小さな幸せを見つけて、ラッキーだと思い込むのが得意なだけだ。
周囲に転がっている、ありふれたできごとを。
他の人なら見逃してしまうような、当たり前の日常を。
それはたとえば、私みたいな地味な女と出会ったこと。
そしてちまちまと拾い集めた幸せを、キヨは周りにも惜しみなくおすそ分けしてくれる。
だからキヨのそばではみんな、笑顔になるのだ。
そうやって周囲を幸せにしてくれるキヨを、気兼ねなく隣に置いておける私こそが、ラッキーなのかもしれない。
幸運だろうか。
いや、幸福だ。
そんなことを思いながら、手の中のぬくもりをきゅっと握りしめた。
fin
◎あとがき
お読みくださいまして、ありがとうございました!
初千石、いかがでしたか。
私は占いとか信じない人間ですが、彼みたいな人が隣にいたら楽しいし幸せになれるかもしれないなと思ったのが書き始めるきっかけになりました。
ただ、彼にこれまであまり愛情を感じていなかったもので…似非っぽいなあと悩みながら、書き終えるまでにずいぶん時間がかかりました。
少しでも楽しんでいただければ幸いです。