第35章 幸運か、それとも〔千石清純〕
「千石、ちょっと! どうなってんの!」
「キヨって呼んでよ、その方がそれっぽくない?」
「いやいや、それっぽくなくていいから!」
「はは、相変わらずつれないなあ」
「で、どうすんのよ千石」
「キヨだってば」
「は? 嫌に決まって…」
「キ・ヨ、だよ?」
「…………キヨ」
「うん? どうしたの?」
殴り込んでやるくらいのつもりで三組の教室に来たのに、ああ、どうして今日もこいつのペースになってしまうのだろう。
「ほら、せっかくなら楽しまないとさ。人の噂もなんとやらって言うし? あ、そうだ。俺のこと、アイツの代わりにすればいいじゃん」
「…なるわけないでしょ! それに何十日も待てないわよ、バカ!」
「いてッ! わ、そんなに怒んないでよ〜メンゴメンゴ」
遠巻きに私たちを見つめるオーディエンスからは「早速痴話喧嘩かよ」なんて声が聞こえてきて。
やっぱりこいつは疫病神だ、誰がなんと言おうと疫病神だ。
そしてこのちゃらちゃらと浮わついた疫病神の彼女呼ばわりされるのは、一生の不覚だ。
友達に千石、もといキヨとのことを冷やかされるたび、その都度全力で否定していられたのは、結局のところ三日間がせいぜいだった。
まるで塞がる気配を見せない失恋の生傷も抱えているというのに、どれだけ否定しても質問責めを受けることに心底疲れてしまったのだ。
部活を引退したキヨは暇を持て余しているのか、休み時間だけでなく放課後も毎日飽きずに私の顔を見にきた。
そして「あ、また夜泣いたんでしょ? クマできてるよ〜」なんて喧嘩を売っているとしか思えないことを言いながら、聞いてもいないのにその日の出来事を一通り話して、その間にも他の女子に媚びを売ることは欠かさなくて、私のイライラを増幅させた。
けれど、周りからの追求はのらりくらりと肯定も否定もしないでやり過ごしていて、それはとても賢い方法に見えた。
キヨがいかんせん目立つ存在なだけに、地味な私との組み合わせは確かに意外性があって、格好のゴシップだったに違いない。
スキャンダルでマスコミに囲まれる政治家や芸能人の気持ちが、ほんの少しだけわかったような気がした。