第35章 幸運か、それとも〔千石清純〕
「もー、つれないなあ。ほら、せっかくだからどっかでお茶でもしようよ」
失恋の直後くらい一人にさせてくれ、と思うより先に右手を取られて、引きずられるように歩き出してしまっていた。
その手を振り払ってしまえばいいのに、なぜかそれができなくて。
そのまま連行されたカフェは、私一人なら気後れして足を踏み入れられないくらい大人っぽくておしゃれなところで。
きっといろんな女の子と来ているのだろうと思うと、こいつに好意なんて一ミリも持っていないのに、また失恋したような気がした。
ずいぶん感傷的になっているらしいと、妙に冷めた頭で考えた。
「俺はミルクティーにするよ、今朝の星座占いでラッキーアイテムだったんだよね」
「私はカフェラテと苺のタルト…あ、あとミルクレープも。もちろん千石の奢りで」
「ええっ?!」
こうなったらやけ食いだ。
待っている間、へらりとだらしなく表情を崩した千石にイライラして「この疫病神」と呟くと、「そりゃないよ〜、俺これでもラッキー千石で通ってるんだから!」なんて本気で訂正を求めてきた。
訂正する気はないと言ったら理由を聞かれたけれど、「なんとなく」で押し通す。
運ばれてきたケーキはびっくりするくらい美味しくて、チーズスフレとザッハトルテまで追加してしまった。
どうでもいい世間話を一人続ける千石の前で、相槌もほとんど打たずに黙々と食べた。
さすがにかわいそうな気がしてきて、一口ずつ分けてあげた。
本当に奢ってくれた千石に一応ごちそうさまと伝えたら、また疫病神呼ばわりした理由を聞かれて。
私はなぜか、千石のせいで彼氏の浮気現場を見てしまったことを話していた。
甘いものをたらふく食べて少し気が紛れたのか、ケーキを四つも頼んだことへの罪悪感が顔を出したのか。
なぜこんなに大切な話をこいつにしたのかはわからないけれど、気がついたら口に出してしまっていた。