第35章 幸運か、それとも〔千石清純〕
「こんなところで会えるなんて…って、どうしたの、大丈夫? おーい」
顔の前で手をひらひらと振られて、ようやく目の前の男にピントが合った。
去年クラスが一緒になった、千石だった。
「私服もかわいいなあ。こんな貴重な姿見られるなんて、俺ってラッキー!」
何がラッキーなもんか、幸運が聞いて呆れる。
これはまぎれもない、不運だ。
こいつが声さえかけてこなかったら、私はこの場で振り返ることも、あんな現場を見ることもなかったのだから。
ため息は避けられなくて、それが思いのほか湿度を帯びていて、自分が少し泣きそうになっていたことを知る。
「お世辞ありがとう。じゃ」
「ちょ、ちょ! 待ってよ〜せっかく会えたのに! しかもお世辞じゃないし!」
「まだ何か用?」
何を隠そう、私はこいつのことが苦手だ。
口八丁手八丁とは、まさしく千石のことだと思う。
ちゃらちゃらと女子全員に同じようにいい顔をして、へらへらした雰囲気で男子のことも自分のペースに巻き込んで。
人気者風情で、いつもクラスの中心にいた。
いや、これはクラスでも目立たない私のただの妬みだということくらい、わかってはいるけれど。
いつもスポットライトを浴びているこの男が、私には眩しすぎるのだ。
脇役の私のことなんて本当はこれっぽっちも気にかけていないくせに、もっとキラキラしたかわいい子たちが好きなくせに、生物学上女だからという理由だけで、さも自分に与えられた義務だと言わんばかりに声をかけては褒めちぎってくる、この男が。