第34章 サイケデリック・ラブ〔忍足謙也〕
焦って謙也の腕の中から脱出を試みるけれど、びくとも動かない。
こうなるとさすがにもう単なる事故とは言えなくて、学校で白昼堂々いちゃついていた容疑は事実として認定されてしまった。
そしてこの状況はかなり、いやとても、非常に、恥ずかしい。
できることならこのまま消えてしまいたいくらいだ。
「ち、千歳ー!」
「謙也、林さんと付き合いよったと? いっちょん知らんかったばい」
大げさに目をぱちぱちと瞬かせた千歳くんは「林さん、次理科室やけん、急がんね」なんてご丁寧に私を急かしてから「俺は散歩ば行ってくるけん」と言って、へらりと何でもないように笑って。
「お幸せに」とひらひら手を振って、下駄の音を響かせながら歩いていってしまった。
「あかん、バレてもうた…」
ようやく解放してくれた謙也は頭を抱えながらぶつぶつと呟いていたけれど、私は力が抜けてへなへなと座り込んだ。
火照った身体に床がひやりと冷たくて、現実に引き戻される。
こんなところで呆けている場合じゃない、理科室に行かないと。
「謙也、行かんと」
「おん…」
身体を揺らしてみたけれど、だめだ、放心状態だ。
私は打ちひしがれている謙也を諦めることにした。
「先に行くで」と言い置いて放送室を出る間際、謙也の頬にそっと触れるだけのキスをして。
振り返らなかったから、謙也がどんな顔をしていたのかはわからない。
そのまま後ろ手に扉を閉めて、教室まで全力でダッシュした。
これから散歩、つまり授業をサボる千歳くんのために、ノートを取らなければと思ったから。
そうすれば、部室で謙也に迫るだろう数多のからかいの手が、少しは軽くなるんじゃないかと思ったから。