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短編集【庭球】

第34章 サイケデリック・ラブ〔忍足謙也〕


長いような短いような時間が過ぎて、ちゅ、と控えめな音を立てて離れていった唇は「ごっそさん」と囁いて、そのままにいっと弧を描いた。

最中は冷静だったのに、それを見たら急にキスしてしまった実感が湧いて恥ずかしくなってきて。
それも学校で、あろうことか嘘の校内放送で堂々と呼び出されて、だ。


言葉をなくして下を向いたら、ごつごつした温もりを感じて、抱きしめられていることを知った。
学生服を着ていても、筋肉質で骨ばっているのがわかる。


「怒っとる?」
「…ちょっと」
「すまん、さすがに反省してるわ」


本当はちょっと嬉しいだなんて、口が裂けても言えないけれど。
そんなことをちらりと考えてしまう私は、やっぱり相当謙也に夢中なのだろうし、何より立派な共犯だ。

絶え間なく流れていたラップが、不自然なところで途切れた。
昼休み終了五分前を知らせる予鈴が鳴って、現実に引き戻される。
私のクラスは、五限目は移動教室だったはずだ、急がなきゃ。


「次理科室やねん、もう行かんと」
「あかん、もうちょいこうしとって。あと十秒でええから」
「だめやって、もう…」


たくましい腕に動きを封じられてもがいていると、急に窓とカーテンが開いて、部屋全体が急に明るくなった。


「今日の放送、謙也やったろー? たまにはラップやなくて映画のサントラば流してほしいっちゃけど…ははは、邪魔ばしてしもうたね」


薄暗さに慣れた目が、思いもかけない場所からの突然の訪問者を認識しようと努力するけれど、顔を見なくても独特の方言を聞けばわかる。
クラスメイトの千歳くんだ。
確かに彼の身長なら、外から窓を開けて顔を出すことも可能だろう。

…って、そうじゃなくて!
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