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短編集【庭球】

第4章 Over the rainbow〔幸村精市〕


シャワーのハンドルを握って、花壇に向かって水を蒔いた。
無数の水滴が葉と花びらに跳ねて、さああと涼しげな音を立てる。
少し体感温度が下がったなと思っていたら、私の後ろにいた幸村が、不意に言った。


「あ、見て林、虹だよ」
「えっ?」

花壇へと落ちていく水が光を反射して、小さな虹ができていた。
手が届きそうなくらいに近い。

「わぁ、本当だ…綺麗」

私が手を動かすたび、虹はキラキラと形を変える。
ホースを上向けると、さらに大きくなって。
私は幸村と顔を見合わせて笑った。



「虹っていえば、幸村、Over the rainbowっていう歌わかる?」
「タイトルは聞いたことあるけど、メロディがぱっと浮かばないな」
「えぇっとね…」

Somewhere over the rainbow
Way up high…

私があまりにも有名なそのフレーズを口ずさむと、幸村は「あぁ」と頷いて「有名な歌だよね、聴いたことあるよ」と微笑んだ。


「私、この歌大好きでね。幸村がいないときは、いつも歌いながら水やりしてるの」
「楽しそうだな。なんとなく想像がつくよ」
「この歌、オズの魔法使いのテーマソングなんだ」
「オズの魔法使い?」


虹の彼方に今よりもすてきな場所があると信じていた主人公のドロシーは、ある日家ごと異国の地に飛ばされてしまう。
元の世界に戻してほしいという願いを叶えてもらうため、ドロシーはオズの魔法使いを探す旅に出る。
途中、心がないブリキ男や臆病なライオンたちと出会うが、彼らは自力で心や勇気を取り戻し、ドロシーも共に成長していく。
結局元の世界に戻るカギは、元の世界が一番だと願うことだった。
ほしいものや幸せは、実はとても身近にあるのだと。
見つけられるかどうかは、あなた次第なのだと。
オズの魔法使いは、こんなストーリーだ。


幸村は、私の説明を真剣な顔で聞いてくれた。
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