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短編集【庭球】

第1章 fall in love〔跡部景吾〕


放課後の図書室は、誰もいないから好きだ。
宿題や勉強もはかどるし、本も読み放題だし、疲れたら昼寝も。
ここの住人と化してから、もう半年になる。
もちろん全校生徒に開かれているパブリックスペースだけれど、人は滅多に来ないから、私は自分の部屋がもうひとつできたような気分で、勝手気ままに入り浸っている。


”fall in love:惚れる、恋する”

英語の参考書をぱらぱらとめくっていたとき、偶然目にとまった慣用句。
「恋に、落ちる…か」
ただの直訳だったのか、と少しがっかりする。
日本語で「恋に落ちる」と書くと、なんだか少し文学的で素敵な表現だなんて思っていたのに。

落っこちて抜け出せない恋なんて、想像もつかないけれど。


参考書を閉じて立ち上がり、窓際へ向かう。
今日は天気がいいから、空調を切って窓を開けよう。
きっと風が気持ちいいはずだ。

ワアァァァ!

窓を開けた瞬間、飛び込んできた大きな歓声に驚く。
この窓の防音効果、すごい。どおりで開けるときに重たかったはずだ。

歓声の出処はテニスコート、というよりコートを幾重にも取り囲んだギャラリーだった。
普段は空調が効いていて窓を開けることなんてないから、外がこんな騒ぎになっているなんて知らなかった。
学校を出るときには薄暗くなっているから、ギャラリーは引き上げてしまっているのだということにも、同時に気がつく。

そういえば、前に友達から「テニス部の練習見に行こう」と誘われたことがあった。
全国大会に出られるくらい強いの、みんなかっこいいよ、と説得されたけれど、興味がなくて断ったっけ。
友達はギャラリーの中にいるのかもしれないけれど、到底見つけられる気がしなくて探す前から諦める。


タン、タンと小気味良い音を立てながら、黄色いボールがいくつも行き交う。
三階にある図書室からテニスコートまでは少し距離があるから、音が遅れて聞こえてくるのも面白くて。

ふと、見覚えのある顔に目が止まる。
跡部くんだ。
同じクラスになったことも、話したこともないけれど、生徒会長だからいくら私でも知っている。

他の部員にてきぱきと指示を出しながら、でも自分の練習には手を抜かない。
跡部くんのボールの音は他の人の音と違って力強くて、打ちあう姿にも余裕があって、テニスに詳しくない私でも、彼がとても強いらしいということだけはわかった。
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