第34章 サイケデリック・ラブ〔忍足謙也〕
さすがに職員室ある一階では、無駄に怒られたくないから走るのをやめて歩くことにした。
職員室の扉のところでは、私の前に呼び出されていた久保田くんだろう子とオサムちゃんが、何やら話し込んでいる。
遠目から見ても結構真剣なトーンのようで、「すみません」なんて割って入っていくのはかなり気が引けた。
さてどうしたものかと思いながらさらに歩みを遅くしたとき、突然横から腕を強く引かれて、私はバランスを大きく崩した。
「ひゃっ…」
転ぶ、と思ったけれど、何かに支えられてそれは免れたようで、悲鳴は中途半端に途切れた。
状況を掴もうと顔を上げると、そこには。
「え、謙也…?」
「おん、他に誰がおるん」
ということは、ここは放送室か。
ミキサーを背にして椅子に腰掛ける謙也に、私は抱きとめられていた。
身体を起こすと、ずいぶん狭くて薄暗い部屋だということがわかった。
校内放送で流れ続けていたラップが間近に聞こえる。
「私、職員室呼ばれて…」
「すまん、あれ、嘘やねん」
「へ?」
ぺろりと舌を出した謙也が、堪忍な、と手を合わせた。
どういうこと、と問うより先に、再び腕を引かれる。
目の前に、謙也の顔。
「…あんな、今すぐキスしたかってん」
潜めた声の後半部分は、唇に直接伝えられた。
二度目のキスはとても自然で、まるでそうなることがあらかじめ決まっていたかのようで。
もちろん歯がぶつかることもなくて、当たり前のように目を閉じながら、唇ってこんなに柔らかくてあたたかいものなのかと、そんなことを思った。