第34章 サイケデリック・ラブ〔忍足謙也〕
傍から聞いていたらものすごく重大な用事がありそうだけれど、謙也の「至急」は間違いなく無自覚だ。
こういう呼び出しや校内連絡のときは、いつも「至急」だから。
本当に至急のときには何と言うのだろう。
ぼんやりとそう考えた瞬間、スピーカーからなぜか私の名前が響いてきた。
「三年一組の林さんも至急職員室な! 至急やで!」
驚いて、飲みかけのお茶でむせそうになる。
連絡事項はこれで最後のようで、またラップが流れ始めた。
「渚が呼び出しなんて珍しいなあ、なんか悪いことでもしたんー?」なんて友達にからかわれる。
「してへんよ! と思うねんけどなー」と顔は笑いながら、内心はびくびくしながら席を立った。
呼び出しをくらうのは珍しいどころか初めてだし、なにしろまるで心当たりがない。
校則を破った覚えはないし、テストで赤点を取ったわけでもないし。
そういえば、どの先生から呼ばれたのかさえわからない。
きっと慌てて言い忘れたのだろう、謙也らしいといえば謙也らしい。
もし先生が怒って私を呼び出したのだとしたら、謙也は何を思って私の名前を呼んだのだろうか。
彼氏に申し訳ないやら恥ずかしいやらそんな気持ちになるなんて、私もいっぱしの恋する乙女だな、なんて変な感慨に浸る。
あとで謙也に謝らないと。
一階へと階段を駆け下りながら、この距離をチャイムが鳴る間に駆け抜けてしまうなんて、スピードスターの称号も伊達じゃないと思った。
フライングでもしているのだろうか。
いや、フライングしてでも難しいことには変わりないし、むしろ瞬間移動でもしているのかもしれない。