第33章 Bittersweet〔仁王雅治〕
こちらの気も知らないで、この男は本当にひどい。
運動場に伸びる石灰の白いラインのように、ともすれば曖昧になってしまう境目を、私はせっせと何度も引き直しているというのに。
仁王は私の努力なんかまるで知らないような顔をして、さも当然とでも言わんばかりに、白線をいとも簡単に足蹴にして消してしまう。
ときには消すことすらしないで、その長い足でひょいとまたいで、私の心に平気で土足で踏み込んで、ぐしゃぐしゃに踏み荒らしていくのだ。
そのくせ、その涼しげな目にはフィルターがかけられているようで、何を考えているかをこれっぽっちも教えてはくれない。
それが苦しくてたまらないのに、私はどこかで期待している。
私の中へ踏み込んできてくれるのを、性懲りもなく待っている。
仁王にとっては、普段の他愛もない遊びなのだろうから、罪深い話だ。
学校という場所柄、私たちはいつもわりと淡白なセックスをしてきたし、仁王もそういうセックスが好きなのだろうと思ってきたけれど。
今日の仁王はいつもよりも時間をかけて、丁寧に私を抱いた。
行為が終わったあとの身体に残る倦怠感は決して嫌いじゃないはずなのに、今日は少ししんどいと思うくらいで。
乱れたシャツとスカートをゆるゆると着直しながら、濃密すぎる時間で声を堪えるのに苦労したことを、嫌でも思い出させられた。
私が先に教室を出るのが、お決まりのパターンだ。
この部屋を出たら、またいつも通り、赤の他人。
極力距離を取って、よそよそしく「仁王くん」と呼んで、視線をできる限り絡めないように。
それは私なりのけじめで、バリアだ。
自分が必要以上に傷つかないようにするための。