第33章 Bittersweet〔仁王雅治〕
「ねえ、噛むのやめてって前にも言った。跡になっちゃう」
「見られて困るやつでもおるんか」
「モテるのは自分だけだと思ってたら大間違いだからね。ていうか痛いからやめて」
「おー、そりゃすまんのう。美味そうじゃったけえ、つい、な」
喉の奥で笑う仁王は憎たらしいほど自信たっぷりで、私の強がりはお見通しのようだった。
バレンタインに特に予定もなく仁王と一緒にいるのだから、当然といえば当然か。
けれど、ここで折れたら女が廃る。
にやにやと口元を歪める仁王に、思い切りデコピンをお見舞いしてやった。
仁王の運動神経なら簡単に避けられるだろうに、甘んじて私の攻撃を受けるのはきっと彼なりの優しさなのだと都合よく解釈してしまう私の頭は、相当ヤキが回っていると思う。
いたた、と額をわざとらしくさすりながら、仁王はデコピンを繰り出した私の手を取って、そのまま唇を寄せた。
手の甲に、指に、触れるだけのキスを何度も。
これまで幾度となく身体を重ねてきたけれど、こんなことは初めてで。
胸をざわめかせているのは、期待だろうか。
それとも不安だろうか。
こんなにも私の心を引っ掻き回していくのは仁王だけで。
そして、ささくれた心を優しく撫でてくれるのも、仁王だけ。
どこまでも救いようがない、不毛なループだ。
王子様がお姫様に贈るようなうやうやしいキスを目の当たりにしていると、まるで自分が大事にされているかのような気になったけれど、よく考えれてみればずいぶん間抜けな勘違いだ。
うっかり詐欺に落ちそうになった自分を、慌てて戒める。