第33章 Bittersweet〔仁王雅治〕
*高校三年設定
バレンタインが恋人たちの甘い記念日だなんて、誰が決めたのだろう。
「なあ、チョコは」
「は? ないよ」
「なんでじゃ、そういう日じゃろ今日は。淋しいのう」
「黙ってても腐るほど貰えるくせに、何言ってんの」
「…プリッ」
拗ねているのか呆れているのか、それとも何とも思っていないのか。
相変わらず読めない擬態語を発した仁王は、その長い腕で私の腰を絡め取った。
去年と、同じ会話。
さらに言えば、一昨年とも同じ会話だ。
もっとも、この男がそれを覚えているかは、わからないけれど。
仁王がいつものように突然「明日暇か?」とメールを寄越してきたのは、昨日の昼休みのこと。
「ま、暇っちゃ暇」と、私もいつものようにそっけなく返信したら、これもまたいつものように「放課後、視聴覚室」と必要最小限の情報だけがもたらされた。
ときには美術準備室、またときには進路指導室と、仁王が空き教室の鍵を毎度毎度どこで手に入れているのかは、この関係を三年続けた今でもわからない。
私の中の七不思議の一つだ。
今日がバレンタインだということは街を少し歩けば当然わかることで、忘れていたわけじゃない。
用意する時間がどうしてもなかったわけでもない。
それに、チョコレートを渡したいと思えるような相手なんて、悲しいかな仁王の他には思いつかないのだけれど。
もしかしたら今日会うことになるかもしれないと、心のどこかで淡い期待をしていたのも事実だけれど。
あえて用意しなかった。
それは私が、仁王にとって大勢いる女の子たちの中の一人でしかないから。