第32章 記憶の中で君を抱く〔越前リョーマ〕*
*社会人設定
*裏注意
「……さ、む」
お風呂に入っても暖房を入れても、なんとなく寒い。
半分は、ニュースが今年一番だと伝えていた寒波のせい。
もう半分は、今日会えるはずだった恋人が、いないから。
一人暮らしの自分の部屋が、不思議と広く感じる。
「優勝おめでとう」なんてささやかに飾りつけた壁も、祝う主を見失っては虚しいだけだ。
今日はプロとして世界中を転戦するリョーマが、アメリカでのマスターズ大会の優勝をひっさげて久しぶりに帰国してくる予定、だった。
「ストライキで飛行機が飛ばなくなった」と連絡があったのが、昼すぎ。
なかなか会えない淋しさを埋めるように仕事ばかりしていた私は、貯まりに貯まっていた有給休暇をここぞとばかりに投入して、土日から次の土日まで、計九日間の長期休みを取った。
久々に会えるのが楽しみで仕方がなくて、早起きしてせっせと部屋を片付けて壁に飾りつけまでして、和食が好きな彼のために張り切って買い物を済ませていた私は、その不機嫌さを隠さない国際電話に、自分でも驚くほど派手に落ち込んだ。
これまで離れていた期間と比べたら、たかが一日どうってことないはずなのに。
会えると思っていただけに、気持ちの落差が思っていた以上に大きかったのだと思う。
ちらりと視界に入ったカレンダーには、休みの初日である今日の日付に大きな花丸が書き込んであって、虚無感を加速させた。
何度目かわからない深いため息を吐いて、時計を見上げる。
十時半。
普段ならまだ起きている時間だけれど、やっておきたかったことはすべて済ませてしまったし、起きていてもきっとますます落ち込むだけだろう。
こうなったらふて寝に限る。
意味もなくいつもより時間をかけて歯を磨いて、一人では広すぎるベッドへ潜り込んだ。