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短編集【庭球】

第31章 健全異性交遊のすゝめ〔宍戸亮〕


唇ばっかりまじまじと見てたらしくて「宍戸?」なんて訝しげな顔されて、なんでもねえよって誤魔化すので精一杯で。
…激ダサもいいとこだぜ。

三限目が始まるチャイムを合図に、林は「じゃあね」という言葉とシトラスみたいな残り香を置いて、自分の席に戻っていった。
いい匂いだな、なんて思った俺は、本格的に変態なのかもしれない。
女子の脚ばっか見てるエロメガネのこと笑えねえな、いっそのこと弟子入りでも…いや、そんなの絶対お断りだけど。


いびきかいて派手に寝てたジローの頭目がけて、数学教師のオッサンが教科書の角をコツンと落とした。
「いって! 何すんのさ、ひどいC〜」「ひどいのはお前のいびきだろうが!」なんてステレオタイプのやりとりにクラスがどっと湧いたけど、俺は全然乗り切れなかった。





今日は水曜だから部活がオフだと気づいたのは、放課後になってからだった。
おいおい、ジローじゃあるまいし、どこまで上の空なんだ俺は。
テニスバッグに何枚も詰めてきた着替えを、全部部室に置いて帰ることを決意する。


「しーしどっ、今日オフだよね? 一緒に帰ろうよ」
「お、おう。けど、帰る前にちょっと部室寄っていいか?」
「うん」


声をかけてきた林と並んで、いつも通り他愛もない話をしながら部室まで歩く。
悩ましい唇さえ見なきゃ、意外と普通に話せるもんだ。
そのことに自分でも驚いたけど、余計な気を遣わずに話せるこういうところが心地よくて好き、なんだよな。


林を部室の外で待たせて、自分のロッカーに着替えを放り込んでたら、不意に外から聞き慣れた声がした。


「渚先輩?」
「あ、長太郎くん。部活休みじゃないの?」
「俺はテニス雑誌返しに来たんです。渚先輩は?」
「私は宍戸待ってるの。中にいるよ、今」
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