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短編集【庭球】

第30章 背信ペットの処遇について〔幸村精市〕


「お前は本当にバカだね」


吐息まじりにそう言った幸村を、睨みつけた。
言われ慣れているはずなのに、バカという言葉が今日は妙に痛い。
言ってやりたいことはたくさんあったけれど、冗談じゃなく本当に殺されるような気がして、口にはできなかった。


「バカだよ、本当にバカだ」
「…うっるさいなあ」
「俺が好きなのは髪だけじゃないよ」


朝のホームルームが始まることを告げるチャイムが鳴った。
幸村はまるで聞こえていないかのように、動こうとしない。


「お前の髪だから、好きなんだ」


そう言って、幸村はゆっくり私の髪へ手を伸ばした。
ざっくりと髪を梳く指先を、纏った空気と相反するように優しい指先を、私は振り払えない。
深い色をたたえた瞳の奥に言葉の真意を探そうとしたけれど、底の見えない湖の淵のようで、まったくわからなかった。


「…なんとか言いなよ」
「え」
「お前が好きだって言ったのに」
「えっ、えええ! 嘘?!」
「…このタイミングでよく嘘なんて言えるよね」


機嫌を損ねたことを隠さない幸村に「すいません」と小さく謝って、止まりかけた思考をフル回転させる。

幸村が、好き?
髪じゃなくて、私を?
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