第30章 背信ペットの処遇について〔幸村精市〕
直接私が振られたわけではないのに、いや、だからこそ逆に、どうしようもなく悲しかった。
幸村が大切にしたいと言ったのは、疑う余地もなくテニスのことで。
これまでも何より優先させていたテニスには、所詮ペットでしかない私なんて、もう逆立ちしたって敵わない。
髪を撫でてもらうだけで充分だと、割り切れていたはずなのに。
いつの間にかそれ以上のことを求めてしまっていた自分に気づかされる。
けれど私が秘めていた想いは、言葉になるより先に、その存在を否定されてしまった。
たかが犬の分際で、もっと幸村に近づきたいなんて思ってしまったから、天罰が下ったのかもしれない。
そこからどうやって家に帰ったのかはあまり覚えていないけれど、気づいたら制服のまま自分の部屋のベッドに飛び込んでいた。
勝手に込み上げてくる嗚咽を枕にぶつける。
またあの穏やかな瞳に見つめられたら、無駄だとわかっていながらも期待してしまいそうで。
男子にしては繊細な指先が髪に触れるたびに心臓が高鳴ってしまうのはもう条件反射のようなもので、ああ、やっぱり私は本当にパブロフの犬なのかもしれない。
期待が大きくなってしまう分だけ、切り捨てられるのが耐えられないだろうと思った。
次の日、髪を切った。
幸村が綺麗だと褒めてくれた、毎日触れてくれたロングヘアを、ショートボブにした。
結えないということは、間違いなく人生で一番短い。
鏡に映った自分が、さっきまでとは別人のようで。
これで幸村のペットというポジションからも、幸村からも卒業できるかもしれない。
鏡に向かって作ってみた笑顔は、髪型が見慣れないからなのか、それとも昨日泣きすぎて顔が浮腫んでいるからなのか、どこかぎこちなかった。
頭が軽くなった代わりに、首まわりがすうすうした。
背中や首もとに、あるはずの髪がないのはとても淋しかった。
いや、本当に淋しいのは幸村が触れてくれなくなることだと、わかってはいたけれど。