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短編集【庭球】

第30章 背信ペットの処遇について〔幸村精市〕


人間以下の存在として認識されているのだと確信して余りあるほど、幸村の言動は私の基本的人権を華麗なまでに無視したものばかりで。
私に唯一残された自由は逃げ出すことだったけれど、私は幸村のもとにとどまっていた。

それは、たとえペットの犬としてでもそばにいたかったから。

一番近くにいて、触れてもらえるのは嬉しかった。
髪だけだと言い切られても、幸村のそばにいることを許されているという事実だけが、私のすべてだった。



昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴る。
気が向いたのか機嫌がいいのか、幸村は髪を耳にかけてくれた。
指が耳に触れて、ことのほか心臓が高鳴った。

自分の席に戻っていく幸村の後ろ姿を、視線で追いかける。
毎晩欠かさずトリートメントしていることを、傍若無人なこの人は知っているのだろうか。







それは本当に、たまたまとしか言いようのない出来事だった。
幸村が告白されているところに出くわしたのだ。


放課後「今日は金曜か、二日間もお預けはつらいなあ」なんて言いながら、名残惜しそうに髪を一撫でして委員会の集まりへ向かった幸村と別れて、私は図書室に足を向けた。

普段は足を踏み入れることのない「自然科学」の棚を探して、一冊の本を手に取る。
ぱらぱらと目を通すと、その内容に大きなため息が出た。


パブロフの犬。
犬に「メトロノームを聞かせてから餌を与える」という流れを繰り返していると、犬はそのうちメトロノームの音を聞くだけで唾液を出すようになるのだという。
人間よりも知能の劣る犬でも条件反射が起こることを証明した実験として有名で、パブロフというのは実験をした学者の名前らしい。


分厚いその本からはなんとも言えないカビ臭が漂ってきて、なおさら気が滅入る。
このまま読み進めても何もいいことは書いていないだろうという気がして、本を閉じた。
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