第30章 背信ペットの処遇について〔幸村精市〕
*高校生設定
長く細い指がひとすじ、私の髪をすくう。
それを当たり前のように人差し指にくるくると絡めて遊ぶその人は、歌うように言った。
「お前さ、本当、髪だけは綺麗だよね」
幸村はいつものように「ずっと触っていられるよ」と満足そうに笑う。
私はその手を、笑顔を、なされるがままに享受する。
髪、だけ。
念押しするように何度も繰り返されて、もう半年が過ぎた。
今年初めて同じクラスになった幸村は、一目で私の髪をいたく気に入ったらしい。
新学期早々、出席番号の順に並んだ席で偶然隣になってから、どこへ行くにも私を隣に侍らせては、撫でたり梳いたり、三つ編みをしてみたりと、飽きもせずに毎日髪に触れる。
幸村を訪ねてくるテニス部の面々とも、自然と顔見知りになった。
いつだったか、柳に「まるで精市の飼い犬だな」と苦笑されたことがあった。
それを聞いて私のことを「ならパトラッシュじゃ」とにやついた仁王に、幸村はいつもの柔和なトーンで「それは林を買い被りすぎじゃない? パトラッシュはかわいいだけじゃなくて賢い犬だ。いいとこ、パブロフの犬だよ」なんてしゃあしゃあとのたまうものだから、彼らが私へ向ける視線は、その日から憐れみそのものになった。
パブロフの犬というのがどんな犬なのか私はわからなかったけれど、文脈からしてけなされていることだけはわかった。
絶対零度の微笑で咎められるのは火を見るより明らかで、幸村に反抗して牙をむくという選択肢を私がとっくの昔に失っているということを、彼らはそのとき理解したのだろう。
それは人間としての直感なのかも、あるいは経験則なのかもしれない。