第4章 Over the rainbow〔幸村精市〕
屋上庭園への扉は、ぎい、と鈍い音を立てて開いた。
九月も中盤だけれど日差しはまだまだ強くて、私は思わず目を細める。
今日は庭園の水やり当番の日。
一週間に一度のペースで回ってくる、美化委員の仕事だ。
三つあるベンチに、思い描いていた先客はいなかった。
今日は入れ違いかと少し淋しい気持ちになったけれど、伸びをしながら息を大きく吸うと、いっぱいに咲いた花の香りが鼻をくすぐって、思わず頬が緩む。
「早いね、林」
振り返ると、開け放していた扉から待ち人が現れて。
私が「私も今来たところだよ」と笑うと、彼も「知ってるよ、後ろ姿が見えたから」と言って笑った。
「声かけてくれればよかったのに」
「林が楽しそうだったからさ、そっとしておこうかなと思って」
「楽しそうだった?」
「うん、ちょっとスキップしてたじゃない」
「うそ! やだ、無意識だったのかな、覚えてないよ」
「そんなに水やりが楽しみだった?」
水やりもそうだけど、あなたに会うのが楽しみだったからなんて言ったら、どんな顔をするんだろう。
優しく笑う幸村を見て、私は曖昧に笑って言葉を飲み込んだ。
幸村とは同じクラスになったことはないけれど、一年の頃から一緒に美化委員をやっている。
美化委員は、二人一組の当番制で屋上庭園と花壇の水やりをしなければいけなくて、しかも頻繁に当番が回ってくるから全然人気がなくて、どこのクラスでも押し付け合いになるらしい。
じゃんけんで負けてやらされている子なんかは、当番をサボることもしょっちゅうで。
私も幸村も花が好きだから、当番でもないのに毎日のように花の様子を見に行っては、サボり魔たちの穴埋めをしてきた。
もちろんわざわざ美化委員にならなくたって、花を見に来るのは自由なのだけれど。
幸村との共通項は、一つでも多いほうがいいと思ったから。
年度の初めにある委員会決めの日は、立候補さえすれば絶対になれるとわかっていても、どきどきした。
顔合わせの日には、幸村と「また一緒だね」と顔を見合わせて笑った。
花を愛おしそうに眺める幸村からは、本当に花が好きなのだということを痛いほど感じるから、そんなよこしまな理由で美化委員を続けているなんて口が裂けても言えないけれど。