第29章 時計じかけの愛〔手塚国光〕
「…やっと、会えた」
ふと途切れた会話の隙間、国光が眼鏡の位置を直しながら、ため息を吐くように呟いた。
懐かしい仕草でそんなことを言われたら、自分と同じ気持ちでいてくれたらなんて、傲慢な勘違いをしそうになる。
「え…?」
「自分に課してきたんだ、世界一になるまでは会わないと」
「………」
「だから厳しい練習にも治療にも、耐えられた」
ねえ。
十年間、私たちは同じことを考えていたって、思ってもいいの?
「本当に長かった、十年もかかってしまったが…」
「…そんな」
「もし…もし許されるなら、やり直してはもらえないか」
世界一になっても、俺の時間はあの日で止まったままなんだーー
少しだけ震えた声が、まっすぐ突き刺さる。
染みるような痛みを感じるのは、あの日の傷跡がまだ乾いていないからなのだろうか。
その痛みが、眼鏡の奥の熱を帯びた瞳が、マグカップをテーブルに置いた私の手を包み込むあたたかさが。
これは夢でも嘘でもないのだと、教えてくれる。
「……待ってた、ずっと」