第29章 時計じかけの愛〔手塚国光〕
おはようございます、という生徒たちの大合唱がグラウンドから聞こえた。
弾かれたように窓の外を見ると、国光がテニスコートへ歩いていくところで。
時が止まった、気がした。
私の記憶よりも背が高くて、たくましくて。
けれど精悍な顔つきに宿る面影は、あの頃のまま。
心臓が、直接掴まれたようにきゅうと痛んだ。
ああ、これは別れたあの日と同じ痛みだ。
息がうまくできない。
目を閉じて痛みをやり過ごそうと思ったけれど、まだ国光を見ていたくて。
自分で自分の身体を強く抱きしめて、ともすればしゃがみこんでしまいたくなる衝動に耐える。
視線で追った国光が後ろ姿になったとき、職員室の電話が一斉に鳴った。
スローモーションのように感じた時間が、急に忙しく回り出す。
痛みから解放されて助かったという気持ちと、まだ彼を見ていたいという気持ちとが、同時に浮かんで消えた。
深呼吸をして出ると報道陣からの問い合わせの電話で、同じような電話はそのあとも何度か鳴った。
職員室に声をかけていく報道陣の人たちに、利用者名簿を書いてもらったり入校証を手渡したり、それなりにせわしなく過ごした。
在京キー局や全国紙の社名を書いていく人も多くて、国光は本当に有名人なのだと痛感する。
空いた時間にはテニスコートを眺めたけれど、報道陣と部員たちに取り囲まれていて、彼の姿はほとんど見えなかった。
貸し出した入校証がすべて返ってきたところで、大和先生が戻ってきた。
「お疲れさまです」と声をかけると、その後ろから国光が顔を出して。
心拍数が一気に倍くらいに跳ね上がって、それを知られたくなくて、さりげなく背を向けながら言った。
「…寒かったでしょう、コーヒーでも淹れましょうか」
「すみません、お願いします。手塚くん、こっちへどうぞ」