第29章 時計じかけの愛〔手塚国光〕
準備があるからと言い置いてグラウンドへ出ていった大和先生の後ろ姿を見送りながら、長く息を吐いた。
時間に厳格な彼のことだから、練習開始よりかなり早く着くのだろう──そういう人だ、国光は。
同級生だった私たちは十二年前、ここで出会って。
国光がドイツへ留学するまで、人知れず付き合っていた。
中学生なりに想い合い、愛し合っていたと思う。
日本に戻ってくるかどうかもわからないと言った彼と、ずいぶん話し合った。
お互いにとって大切な青春時代を、いつ会えるとも知れず離れて過ごすのは淋しいだろうと。
耐えられなくなったとき、電話やメール一本で終わらせてしまうことになるのはつらいからと。
大切に想うからこそ、今向かい合ってさよならをしようと。
もちろん悲しかったけれど、それ以上に納得して別れたつもりだった。
だから別れたきり、一度も連絡は取らなかった。
けれど、片時も忘れたことなんてなかった。
最近でこそテレビでその活躍を知ることが増えたけれど、渡独後しばらくはメディアにまったく露出しなかったから。
少しでも彼を感じられたらと、それまで読んだことさえなかった新聞のスポーツ面、字がことさら小さくなっている記録の部分まで目を通すのが日課になった。
結果的に一面や社会面のニュースにも目が止まるようになって、その小さな知識の積み重ねが私を社会科教師にしたと言っても過言ではないと思う。
生徒会長として、テニス部の部長としてみんなを引っ張っていた国光の姿が、脳裏に焼きついていたから。
彼のようにはいかなくても、私も人を導く仕事がしたいと思ったのも大きかった。
大学院を卒業してまで、彼との思い出がたくさん残っている母校を、職場として選んだ。
別れてから丸十年が経つのに。
私の世界はまだ、国光を中心に回っている。