第28章 恋人はサンタクロース?〔木手永四郎〕*
「これ、一目惚れってやつかも」
千石くんがそれまで軽いテンションだったから、なんとか私ものらりくらりとかわすことができていたけれど。
急に声を潜めた彼の瞳と、鮮やかなオレンジ色の髪が、ダイニングバーらしい暗めの照明の中でやたらとぎらぎら光っているように見えた。
え、これ、結構危険な雰囲気…?
「あ、ちょっと、お手洗いに…」
さっき注文したお酒が運ばれてきたのに合わせて、逃げるように席を立つ。
トイレまでの道のりで、足元が少しふらついた。
洗面所の鏡に映った私はほんのり頬が赤い程度だったけれど、見た目以上にアルコールが回っている。
蛇口から出てきた水はひどく冷たかったけれど、今はそれが心地よかった。
お酒なんて普段めったに飲まないから、ずいぶん酔っているらしかった。
きっとすごくお酒臭いのだろう、永四郎の部屋に行く前に口臭ケアのタブレットを食べないと。
正直、席に戻ってからの一時間、何を話したのかはあまり記憶にない。
千石くんがシリアスモードに入らないように、私から「休みの日は何をしてるのか」とか「モテるんでしょう」とか、そんな通り一辺倒な話題をひたすら振り続けた、気がする。
永四郎と話すのはどんな話題でも楽しいのに、千石くんと話すのは気を使ってばかりでちっとも楽しくないな、とぼんやり思った。
サークルでテニスをやっていると言っていたのだけは、永四郎と一緒だと思ったから覚えているけれど。
店員さんが「そろそろお時間です」と席を空けるよう催促しに来たのが、こんなに嬉しかったのは初めてだった。
店の外に出たら空気がキンと冷たくて、思わず身震いする。
幹事を中心に二次会に行くか行かないかとせめぎ合う輪からそっと離れようとしたとき、誰かが後ろから私の手首を強く掴んだ。
「きゃあ!」
その手の力強さと冷たさに驚いて振り返ると、ふわ、と大好きな香り。
見慣れたアンダーリムの眼鏡。
スーツ姿の、永四郎だった。
でも、なぜここにいるのだろう。
どうしてスーツなんて着ているのだろう。
髪をセットしていないのは、なんで?
ねえ、どこに行っていたの?
聞きたいことは山ほどあるけれど、言葉が出てこないのはお酒のせいだろうか。
驚くだけの私から視線を外して、永四郎は合コンの面子を鋭く一瞥した。
「この人を引き取りに来ました」