第26章 恋文〔柳蓮二〕
忘れじの
行く末までは
かたければ
今日をかぎりの
命ともがな
来たるテストに向けて、百人一首の参考書を片手に丸暗記の力技。
隣で数学の問題集と向き合っていたはずの年下の恋人に「儀同三司母、か」と言われて初めて、自分が知らず知らずのうちにその歌を口ずさんでいたことに気がついた。
「やだ、ごめん。邪魔しちゃったね」
「いや、いいんだ。気にするな」
「知ってるの? 今の歌」
「儀同三司母、五十四番の歌だろう」
「いつまでも君を愛している」というあなたの言葉が、永遠に変わらないとは思えない。だからいっそ、愛の言葉を聞いた今日、たった今ここで、命が尽きてしまえばいいのに──
歌の正確な現代語訳をすらすらと言ってのける蓮二の博学さには、毎度驚かされる。
百人一首は古典のテストで毎回何問か出題されるから嫌々覚えているのだけれど、こんなことなら身代わりでテストを受けてもらえないかしら。
やっかみ混じりのじっとりとした視線に気がついたのか、蓮二が「身代わり受験はできないぞ」なんて先回りして言うから、思わず苦笑が漏れた。
「わかってるってば。そんなことより百人一首、習ってもいないのにデータに入ってるんだ? つくづくすごいね」
「これはデータではないな。これは…」
「これは教養だ、って言いたいの? 悪かったわね、教養のない彼女で」
「いや、そういうわけでは…」
いつも余裕綽々の蓮二が時折見せる困った表情を知っているのは、きっと私だけだ。
その事実が、私の頬を自然と緩ませる。
「ふふ、ごめんね、冗談」
蓮二が呆れたように笑ったのを合図に、私はまた手元の参考書に視線を落とした。