第25章 またあした〔真田弦一郎〕
どの記憶も、手触りや音まで覚えているくらいに鮮やかだ。
今日、たった今、このときのことも、いつか記憶になるのだろうか。
甘酸っぱい思い出だったと笑って振り返る、そんな日が来るのだろうか。
先輩は相変わらず、ぎりぎりと音が出そうなくらいに拳を握り続けていた。
学校から帰るときとは逆方向だから、今日は私が先に降りることになる。
ついに言葉を交わさないまま、電車が私の降りる駅に滑り込んだ。
今までありがとうございました、と言って席を立とうとしたら、その前に先輩が立ち上がって。
驚いて見上げたら、先輩がラケットバッグを背負いながら「家まで送ろう。もう暗い」と言ったから、もっと驚いた。
これまで一度だって、こんなことはなかったのに。
ぽかんとしているうちに電車が止まって、ドアが開いてしまって。
先輩が「降りんのか」と言ったのに弾かれるように席を立って、急いでホームに降りた。
いつも一人でくぐる改札を二人でくぐるのは、ひどく不思議な気分だった。
普段の練習後だって充分暗いのに、先輩が急にこんなことを言い出した真意はまったくわからなかった。
「本当は、今年も優勝トロフィーを持たせてやりたかったが…すまなかった」
住宅街へ続く駅前の道を歩いていたら、ぽつりと先輩が言った。
普段の自信に溢れた声とは違う、絞り出したような声が悲しくて、何度も首を横に振った。
先輩が謝ることじゃないのに。
そう伝えようとしたけれど、今はどんな言葉を選んでも薄っぺらく聞こえてしまう気がして、何も言えなかった。
「林のサポートがなければ、ここまで来ることはできなかった。本当に、感謝している」
「あ…いえ、そんな」
「来年こそは、優勝を成し遂げてくれ」
「はい、頑張ります」
頼むぞ、と言った先輩の横を、バイクが通り過ぎていった。