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短編集【庭球】

第23章 毒を仰げば〔白石蔵ノ介〕


「……けど、毒食らわば皿までとも言うやん」


不安なのは、離れたくないのは、私も同じだ。
神様から贔屓されているとしか思えないくらい完璧な恋人の隣にいるのが、私みたいな凡庸な女でいいのかと、何度悩んだことか。

けれど一度言葉にするととめどなく溢れて止まらなくなりそうだから、ふと思いついたことわざに想いを込めて、ゆるく絡めていた指を少し握りこんだ。
離れたくないなら、離れなければいいのだと。
不安なら、悩むなら、一緒に答えを見つけていけばいいのだと。
堕ちるところまで、二人で堕ちてしまえばいいのだと。

私の言葉に、蔵が少し息を飲んだ。


「うわ、ごっつええこと言うなあ」


蔵は声を弾ませて、私の肩口に顔を寄せた。
「さすがやわ」なんて言いながらそのまま首筋をぺろりと舐め上げられて、息を吹きかけられる。
背中が粟立って、身体の奥でくすぶっていた甘い痺れが、じわじわと燃え広がっていく。
ついさっきとは打って変わって調子に乗った蔵が「なんや、感じてるん?」なんて意地悪く囁くのが悔しくて、私は反撃の一手を打った。


「…金ちゃんにも教えたげよかな」
「ん? 何を?」
「毒食らわば皿までってことわざ。あの子、その包帯のこと毒手やって信じてんのやろ?」
「それはあかん、絶対あかんやつ! ほんまに腕ごと食おうとしてくんで、あのゴンタクレ!」


きっちりと隙間なく包帯を巻いた左腕をさっと庇って、蔵が私を諌めようとする。
命の危険でも感じたのかというくらいの必死さで、私はその勢いに引っ張られるように腰をひねって振り返った。
金ちゃんなんかよりよっぽど噛みついてきそうな剣幕で、つい笑ってしまう。
だってこんなに焦っている蔵なんて、なかなかお目にかかれない。
「ピュアでかわええやん」と言ってやったら「他人事やと思いよって…ほんま勘弁してや、頼むから」と拝み倒された。

ひとしきり笑わせてもらった後、ふと訪れた沈黙を破った蔵の声は、一段と低かった。


「…せっかくええ感じやったのに、ムード壊しよったな。お仕置きせなな」
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