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短編集【庭球】

第3章 HERO〔切原赤也〕


え、雨?

昼休みまではじりじり暑いくらいに晴れていたのに。
梅雨時の天気は変わりやすいから折りたたみ傘を持っていきなさい、とお母さんが先月から口すっぱく言っていたけれど。
荷物が増えるのが嫌で聞き流してしまっていたことを、私はひどく後悔した。

さあっという音とともに、窓から見える景色がしっとりと濡れていく。
今朝のニュースでは、雨は明日からって言っていたのに。
もう、天気予報の嘘つき。


降りしきる雨で水たまりができてきた頃、下校時間になった。
電車通学で駅方面に帰る友達ばかりだから、駅とは真逆の方面から自転車通学している私は、気軽に傘に入れてほしいとは言い出しづらくて。
歩いて帰れば三十分。
濡れて帰るのもいいと一瞬思ったけれど、明日も学校だから制服をびしょ濡れにするのは現実的ではないなと思い直す。
ばらばらと帰っていく友達を見送りながら、教室で雨が弱まるのを一人待つことになってしまった。


一時間が過ぎ、二時間が過ぎた。
雨は強まったり弱まったりしながらも止むことなく降り続いていて、時計の針はもう五時を指している。
もうすぐ梅雨明けなんじゃなかったの、と心の中で毒づいても、雲行きはひとつも変わってくれない。
さすがにもう待てないと判断した私は、濡れて帰ることを決意した。

憂鬱だったけれど、決めてしまえば意外と楽しみだ。
びしょ濡れになるなんて、いつぶりだろう。

室内履きからローファーに履き替えて、外に一歩踏み出そうとしたとき。
「傘、持ってねーの?」と聞き覚えのある声で呼び止められる。
振り向くと、同じクラスの切原くんがジャージ姿で立っていた。
心拍数が一気に上がる。

「そうなの、忘れちゃって」
「マジかよ。駅方面?」
「ううん、逆方向」
「ああ、そりゃ頼みづらいな」
「そうそう」
「…俺の、入ってく?」
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