第22章 愛より青し〔丸井ブン太〕
状況が掴めないまま仁王くんを振り返ると、彼は外国の俳優さんみたいに飄々と両手を挙げて「邪魔者は退散せえっちゅうことじゃな」と言った。
去り際に「渚ちゃんさえよければ、俺はいつでも大歓迎じゃけえのう」なんて私に囁いた仁王くんは笑って屋上から出て行ったけれど、ブン太は最後まで仁王くんを睨んだままだった。
「なあ、お前ら、何してたわけ」
「え? 仁王くんにお昼誘われて…」
「立ったまんまで食ってねーじゃん、弁当」
「あ…ほんとだ」
「…ンだよそれ」
はあ、と大きく息を吐いたブン太は、つかつかと私に近寄ってきて「俺、すげー嫌だ」と低い声で言った。
ブン太が好きな、グリーンアップルのガムの香りがした。
「何が?」
「渚が他の男と一緒にいんの、すげー嫌だ」
「え」
「渚が、どうしても仁王がいいってんなら仕方ないけど」
「………」
「でも俺は、すげー嫌だ」
そう言いながら、ブン太はすっと視線を逸らした。
なんで。
なんで、なんで。
私なんて気づいたときにはもう、いやきっと生まれたときから、ブン太のことが好きで好きでたまらなかったのに。
勝手に私から離れていったのは、ブン太の方なのに。
好きと告げるチャンスをくれなかったのも、ブン太なのに。
でも、十五年分の想いはそう簡単に言葉にはならなくて。
その代わりに出てきたのは、ずっと我慢していた涙だった。
「…渚もずっと同じ気持ちだったんだな、ほんとにごめん。お前のこと好きって、なんで気付けなかったんだろうな、俺」
ブン太の腕が、ぎこちなく私を包んだ。
本当、大事なところで抜けてるんだから。
涙はしばらく止まりそうになくて、泣き顔を見られたくなかったからブン太から離れようとその胸を押したけれど、ぴくりとも動かなくて。
仁王くんは思いのほか軽い力で離れてくれたことを思い出して、彼はこうなることが最初からわかっていたのかもしれないと思った。