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短編集【庭球】

第22章 愛より青し〔丸井ブン太〕


「っと! 気をつけろよ…っておい、大丈夫か? 顔色悪いぞ」


ジャッカルが心配そうに私の顔を覗き込んできて、我に返った。
右手から滑り落ちそうになったブン太のお弁当を、間一髪でキャッチしてくれていたらしい。


「あ…ごめん、ありがと。平気だよ」


こんがりと日に灼けた腕からお弁当を受け取った。
少しぎこちないかもしれないけれど、大丈夫、まだ涙は我慢できる。

着替えを終えた仁王くんが、私からお弁当をかすめ取って「相変わらずでかいのう、持つだけで腹いっぱいになりそうなんじゃけど」とおどけた。
げっぷするような仕草でお腹をさすっていたけれど、そのお腹があまりにもスマートで、思わず笑ってしまった。


「しっかし、ブンちゃんもバカぜよ。こーんな引く手数多な美人放っとくんじゃからのう」
「もー、お世辞ばっか言ってー」


仁王くんはそう茶化しながら私の頭をぽんぽん、と撫でた。
大丈夫だから泣くな、と言ってくれているような気がして、その優しさが身に沁みた。


「ほー、こないだC組のナントカって男に告られちょったんに。その前はF組の…」
「ちょ、ちょっ! やめて、なんでそんなデリケートなこと知ってるの?!」
「ウチの参謀を舐めたらあかんぜよ」
「あ…柳くんか…」


驚いたのは、誰にも話していないはずの情報の正確さ。
確かにこれまで何人かに告白されてきたけれど、私はすべて断っている。
心のどこかでブン太を想いながら別の人と付き合うなんて不器用な私には無理だし、そもそも相手にも失礼だと思ったから。

そんな極めて内輪な話が、どうしてよりによって柳くんに漏れているのだろう。
突っ込む気も失せてげんなりしていたら、仁王くんが不意に顔を近づけてきて、言った。


「…のう、俺にしとかんか?」


約三十センチまで近づいたその距離に、思わず息を詰める。
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