第22章 愛より青し〔丸井ブン太〕
私はといえば、物心つく前からブン太の近くにいて、その頃からブン太しか見えていなかったけれど。
よくもここまで私と正反対の女の子ばかり揃えたものだと感心してしまうほど、ブン太の隣を歩くのはいつも決まって、小さくてかわいくて守ってあげたくなるタイプの子ばかりだ。
おまけにみんな朝にめっぽう強くて、律儀に朝練まで見に行くだなんて私には到底真似できないことをさらりとやってのけてしまう。
それは私が反面教師にされているか、あるいは私への当てつけなんじゃないかと思ってしまうくらいで、歴代の彼女たちを目にするたび、ブン太が私の方を向いてくれることはないのだと、痛いくらいに思い知らされる。
「切原くん、おはよ」
「あ、はよッス! っと、丸井先輩はもう教室行っちゃったんスけど…」
「やだ、入れ違い? ごめん仁王くん、これブン太のお弁当なんだけど、お願いしていいかなー?」
「ええよー、ちょっと待っちょって」
遠くですれ違ったブン太に気づかなかったふりをして、つとめて明るく振る舞う。
テニス部の面々とのこんなやりとりだってもう三年目で、ずいぶん板についてきた。
ブン太がいなかったらどうしようと最初はおそるおそる訪れていた部室だったけれど、もうみんなと顔見知りになって。
私が不毛にもブン太を想い続けていることも、とっくにみんなにはバレているはずだ。
切原くんに声をかけたとき、目が泳いだのはそういうことだろう。
気づいてないのはブン太だけなんだよな…
「じゃ、お先ッス」と言って部室を出て行った切原くんを見送りながらそんなことを思って、はたと気がつく。
もしかしたらブン太は、とうの昔から私の気持ちなんて知っているのかもしれない。
知っていて、拒絶すれば私が立ち直れないくらい傷つくのもわかっていて、だからこそ宙ぶらりんにしておくのかもしれない。
だとすれば、それはまぎれもない、ブン太の優しさだ。
どうして今まで、そんなことに気がつかなかったのだろう。
自分のバカさ加減が嫌になる。
気を緩めたら、涙が出てしまいそうだ。