第22章 愛より青し〔丸井ブン太〕
「ごめん渚ちゃん、これ、あの子に届けといてくれない?」
「あ、わかりましたー」
「いつもごめんね! 本当におっちょこちょいなんだから」
「いえいえ、じゃ、行ってきまーす」
「気をつけてね」
「はーい、おばさんも」
朝。
玄関を出たところで、隣の家からバタバタと飛び出してきたスーツ姿のおばさんから、お弁当を託された。
私のお弁当の三倍はありそうなサイズが、受け取った右手にずしりと重い。
食べるのが人一倍好きなくせに自分で作ったお弁当を忘れるなんて、しっかりしているようで変なところで抜けているのは昔からだ。
寝起きのよくない私が目覚まし時計と格闘してまどろむ頃、ブン太は家を出ていく。
幼馴染みのブン太とは、小学生の頃まではそれこそ朝から晩まで一緒にいたけれど、中学生になってブン太がテニス部に入ってからは、変わらず隣同士の家に住んでいるのに顔を合わせることの方が珍しくなった。
特にレギュラーになってからは、いつもファンクラブだか親衛隊だかのかわいくて華やかな女の子たちがブン太のまわりを幾重にも囲んでいて、ますます気軽に話しかけられる雰囲気ではなくなって。
クラスもずっと離れ離れだったから、三年生になった今では時折、こうして忘れ物を届けるときに話す程度だ。
校門をくぐって、校舎とは逆、部室棟の方に足を向ける。
何面も続くテニスコートの向こう側にふと目をやると、見慣れた赤い髪を見つけた。
隣には、私の知らない女の子。
また新しい彼女ができたらしい。
一年生の頃は少なからずショックを受けていた光景だけれど、こうも繰り返し見せつけられていれば免疫がついてくるようで。
奥歯を強く噛みしめると、鈍い胸の痛みをやり過ごすことができるようになった。