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短編集【庭球】

第21章 ノーサイド〔越前リョーマ〕


私は桃が好きだからリョーマの気持ちに応えることはできないと、はっきり言ってしまうことだってできたはずなのに、私はそれをしなかった。
できなかったのではなく、しなかった。

リョーマの「そんなに好きなら、告白しちゃえば」という投げやりな言葉を真に受けたようなふりをして、昼休みに桃を呼び出した。

我ながら心底、ずるいと思う。




桃を好きだったのは本当だったし、その気持ちに嘘はなかった。
マネージャーとして他の女の子たちよりもずっと近くにいられるのだから、振られることだって簡単に予想できたのだから、そのままの距離感を保つ方がよかったのかもしれない。

なのにあえて告白したのはきっと、振られたかったのだと思う。
振られるために告白するなんて、ちゃんちゃらおかしな話だけれど。


でも私は、これまで理由も言わずにずるずるとリョーマに背を向け続けてきてしまったから。
リョーマに向き合うための理由が、きっかけが、ほしかった。
桃に後腐れなく振られることで、リョーマを好きになってもいいのだと、思いたかった。



所在なさげに頭をわしゃわしゃと掻く桃に「ありがとう」と言って背を向けた後、細く長く息を吐いた。
吐き出したのは、一年半分の片想いが叶わなかった虚しさと悲しさ。
その奥に、安堵からくるため息が、確かにあった。

それはきっと、リョーマの気持ちにやっと応えられるのだという安堵。


でも、それを感じればこそ、自分のずるさを再確認させられた。
私はリョーマの気持ちも、桃のことも利用してしまったのだと思ったら、自業自得なのだけれどひどい罪悪感に苛まれた。


お昼以降の授業はまったく覚えていないし、放課後になって部活が始まっても上の空で。
ルーティンになっている仕事はどうにかこなしたけれど、いつもはさっさと書き進められるはずの部誌はまったく埋まらなくて。
「今日、何の練習やってたっけ」と尋ねるのは別に海堂でも荒井でもよかったはずなのに、あえてリョーマに聞いたのは、こうなることをどこかで期待していたからかもしれない。
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