第21章 ノーサイド〔越前リョーマ〕
「ずるいって言われてもいいから、ほしい。渚先輩のこと」
普段から大きな声で話すタイプではないけれど、その言葉はことさら小さく、かろうじて私の耳まで届くくらいの大きさで。
でも、それはどんな言葉よりも強く激しく、私を揺さぶった。
「…ごめん。泣かせるつもり、なかったんスけど」
いつの間にか、涙が頬を伝っていた。
桃に振られたときには、これっぽっちも出なかったのに。
私の右腕を掴んでいた手を離して、リョーマが涙を拭ってくれるけれど、後から後から溢れてきて止まらない。
「私の、方が…よっぽどずるい、よね…っ、こんなとこ、で泣く…なんて」
「…無理して話さなくていいッスよ」
「ううん」
リョーマが慰めて甘やかしてくれるってわかってて、リョーマに話したんだもん。
嗚咽で途切れ途切れになりながらなんとかそう言うと、リョーマは「いいの? もっと甘やかしても」と低く笑った。
うん、と頷くより先に抱きすくめられる。
小柄で華奢に見える身体からは想像もできないくらいに、きつく。
大石先輩から引き継いだ部室の鍵が、ポケットの中でちゃらりと鳴った。
学生服の肩口に額を預けると、リョーマの鼓動が伝わってくる。
そのスピードは、たぶん私と同じくらいに早くなっていた。
「俺、桃先輩がOKしなくてよかった、とか思ってるんだよね。告白頑張りなよって言ったくせに、ずるいでしょ、俺」
耳元に落とされた言葉に、ゆるく首を振る。
違う。
ずるいのは、私だ。
私は知っていた。
リョーマが私を想ってくれていることを。
部活中、桃と打ち合うときにはいつもにまして力が入っていたことを。
桃からポイントを取ると、勝ち誇ったように幾度となく熱っぽい視線を送ってくれていたことを。
私は知っていた。
わかっていて、知らないふりをしていた。
桃がずっと、私ではない女の子を想っていたことを。
告白しても、あっさり振られるだろうということを。
そして、桃を好きだったはずの自分が、どんどんリョーマに惹かれてしまっていることも。