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短編集【庭球】

第21章 ノーサイド〔越前リョーマ〕


のろのろと部誌を書き進めていた手が、リョーマによって止められた。

「なに?」と顔を上げると、彼の勝気な瞳の奥に、見たこともないくらい強い光が宿っていて。
絡め取られるような視線に、掴まれた腕の強引さに、思わず息を飲む。

時間が止まったのかもしれないとさえ思えた長い沈黙の後、リョーマの薄い唇がゆっくりと開いて、言った。


「ねえ。俺じゃ、ダメなの?」






私は桃が、桃城武が好きだった。

入学してすぐ、席が隣で仲良くなって。
「俺はテニス部に入るぜ」と言った桃につられて練習を見に行って、なぜかそのまま流れでマネージャーになって。
二年生になってクラスは離れたけれど、たぶん誰よりも近くで、桃のことを見てきた。

誰からも好かれる桃が、喉の奥が日焼けするくらい豪快に笑う桃が、テニスにひたむきな桃が、好きだった。


その桃に告白して、ものの見事に玉砕したのは今日の昼休み。
「ずっと好きだったの」と言った私に、桃は「俺、好きなヤツがいるんだ」と視線を彷徨わせて、それから小さく「ホント、悪りぃ」と言った。






「やっぱ、桃先輩じゃなきゃダメなの?」


胸が苦しくなって、初めて自分が息を詰めていたことを知った。
す、と短く息を吸うと、リョーマの使っている制汗剤の香りがして、触れられるほど近くにいることを再確認させられる。


「ずっと好きだった人に振られて凹んでるところにつけ込んで、俺のことずるいって思ってる?」


何も言えない私をそのまっすぐな瞳に映したまま、リョーマが続ける。


「その通りッスよ、自分でもホントにずるいと思う。…けど今は、それでもいいとも思ってる」


狭い部室に、お互いの呼吸だけが響く。
ついさっき、部活終わりに着替えていたみんなと「夕方はもう肌寒いね」なんて話していたのに、私の顔は火が出るんじゃないかと思うほど、熱かった。
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