第20章 あした世界が終わるなら〔千歳千里〕
私の部屋の前で座り込む影の大きさは、どこからどう見ても千歳で。
長い脚を投げ出して、ああ、いつからここにいたの?
寒かったでしょ、もう真っ暗なのに。
次々に頭に浮かんだ言葉はひとつも出てこなかった。
左手に持ったスーパーの袋がぐしゃりと鳴った音に、千歳がこちらを向いて、ふわりと笑った。
「おかえり」
「…ただいま」
「遅かー、凍えるかち思ったばい」
「ご、ごめん」
アポもないくせに訪ねてきて遅いと文句を垂れるなんて図々しいにもほどがあるのだけれど、やっぱり嬉しいと思ってしまう私も、大概おかしい。
「重かろ?」と私からスーパーの袋を奪って「今日は鍋たい、よかねー、寒かけんね」と呑気に言う千歳を横目に見ながら、鍵を開けた。
部屋、片付いてたっけ。
あ、下着干したままだ…まあいいか、仕方ない。
真っ暗な部屋に明かりをつけた。
上着を脱いで、暖房を入れる。
朝出て行ったときのままなのに、千歳がいるだけで、景色がこんなにも違って見えるものなんだ。
頭をかがめて部屋に入ってきた千歳は「この部屋、久しぶりたい」と見回して「渚の匂いのすっばい」と笑った。
「当たり前でしょ、私の部屋なんだから」と返した私も、つられて笑ってしまう。
「冷蔵庫入れるから、袋」と差し出した腕が、逆に引かれた。
バランスを崩した私は、あっという間に千歳の腕の中にくるまれる。
頬に当たる胸板が本当に冷え切っていて「寒かったんでしょ、鍋、今作るから」と見上げたら、千歳の薄い唇が額に触れた。
「鍋の前に、お願いがあるっちゃけど」
「…なに?」
「結婚、してくれんね?」
千歳は壊れものを扱うような手つきで私の左手を取って、どこから取り出したのか薬指にぴったりの指輪をはめた。
私は言葉が出ないまま、呆然とそれを見つめる。
なんて唐突な。
連絡もないまま押しかけてきて、急に結婚してくれ、なんて。
縛られることを極端に避ける千歳が、何からも自由でいたいと願う千歳が、まさか結婚を切り出してくるなんて。
そもそも結婚なんて、千歳の嫌いな約束の最たるものじゃないか。