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短編集【庭球】

第19章 ドクター、こっちを向いて〔忍足侑士〕


「…どしたん? ぼーっとして。熱、また上がってきたんか? しんどい?」


いつの間にかラケットをバッグに片付けたらしい侑士が、右手を私の額に載せる。
ひんやりしていて、気持ちいい。


「んーん、大丈夫」


そのまま冷たさを感じていてもよかったのだけれど、私は侑士の大きな手に指を絡めた。

今だけは、私だけのものであってほしい。
今だけは、私にしか触れないでほしい。
今だけ、だから。


「…もうちょっと、いてくれる?」
「もとからそのつもりやで。このまま寝れそうか?」
「ん…」


今だけ、と言い聞かせながら目を閉じて、繋いだ手に頬ずりするようにすり寄った。
低く笑う声が降ってきて、心地いい。
侑士はそのまま、もう片方の手で髪を撫でてくれた。


「俺な…渚以外には、こんなことしたくないねん」


しばらくしてから、ぽつりと侑士が言った。
ああ、さっきまで考えていたことが、やっぱりバレている。


「他の女の子の服ん中手ぇ入れて聴診器とか、正直ちょっとサブイボ立つくらい嫌やねん。渚と付き合うまではそんなことなかったと思うねんけどなあ。俺、もう渚以外に反応せえへんようになってしもたわ」


寝たふりをしているのに、構わず話し続ける侑士。
独り言、のつもりなのだろうか。


「まだ正式には決めてへんけど、俺、整形外科医になろう思ってんねん。ずっとテニスしとって、まわりで怪我してくやつ何人もおったさかい、助けたりたいなあ思ってな」


それ、本当?
私に気を遣ってるんじゃなくて?

聞きたいことも言いたいこともあるけれど、ぐっと我慢する。


「なあ、渚? 寝る真似、下手くそすぎんで。息止めたらあかんやろ」
「えっ!」


目を開けると、侑士が笑いを堪えられないといった顔でこちらを見ていた。

やだ、何それ。
恥ずかしすぎて、全身の血が逆流するような感じだ。
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