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短編集【庭球】

第19章 ドクター、こっちを向いて〔忍足侑士〕


頭のどこかで理解はしていたのだけれど、たとえ診察という名目でも侑士が他の女の人の身体を触っているだなんて考えたくなくて、受け入れることも覚悟することも、ずるずると先延ばしにしてきてしまったのだと思う。
いざ自分が患者の立場になって、現実をまざまざと見せつけられて、諦めざるをえない状況に追い込まれてしまったのだ。


一度思考がマイナスに傾くと、坂道を転げ落ちるように悪いことばかりを考えてしまうのは、私の悪い癖。
自覚してはいるけれど、こうなるともうどうしようもない。

触診されなくたって、侑士に言い寄ってくる患者さんはたくさんいるんだろう。
入院やら手術やらで何度も顔をあわせるうちに「忍足センセ、素敵」なんて惚れ込んでしまう人だって出てくるはずだ。
患者さんだけではなくて、看護師さんだって危ない。
なんとなく美人が多そうなイメージだし、それでなくともナース服の破壊力はすごいものがありそうだし。
侑士ってそういう少し変態っぽいこと、好きそうだし。


実際、高校時代から付き合っている私たちはお揃いの指輪を片時も離さずに身につけているのだけれど、それでも侑士に告白してくる子が絶えることはない。

侑士はそのすべてを断ってくれて、昔も今も変わらず私が一番だと言っては髪を撫でて安心させてくれて、私がねだらなくても優しく抱きしめてくれる。
授業やら実験やらがぎっしり詰め込まれた時間割の他にテニスの予定もあって忙しいはずなのに、何かにつけて記念日を捻り出しては私を喜ばせて驚かせてくれて、女の私よりよっぽどロマンチストで。

今だって、実家暮らしだから大丈夫だと断ったのにお見舞いに来て「俺が会いたかったんやで」なんて笑ってくれたけれど、私の記憶では今日の授業後、研修医の先輩を招いて勉強会があると言っていたような気がする。
共働きの両親は夜まで帰ってこないから私が心細いだろうと、きっとそれをキャンセルして来てくれたのだろう。
嫌な顔ひとつせずに、そんなことを微塵も感じさせない侑士には、言いがかりのつけようがないのだけれど。

けれど。

侑士は出来すぎなのだ。
彼氏として、人間として。
女心がわかりすぎて、私の心の機微に敏感すぎて、そして優しすぎる。
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