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短編集【庭球】

第19章 ドクター、こっちを向いて〔忍足侑士〕


侑士はといえば、そんな私を横目に見ながら左右の手の中でラケットを行き来させて、お得意のポーカーフェイス。
その完璧に見える無表情の端々から微かな表情の変化を感じ取れるのは、きっと私か跡部くんくらいのものだろう。

ああもう、散々だ。





久しぶりに風邪らしい風邪をこじらせて、病院に駆け込んだのは今朝のこと。

昨日お風呂で濡れた髪をそのままにして友達と長電話したのがよくなかったんだろうなと、三十九度近い熱でぼんやりする頭で悔やみながら入った診察室には、若い男の先生がいた。
昔から風邪を引いたときにはお世話になっていた近所の町医者で、いつも恰幅のいい白髪のおじいちゃん先生が「喉が腫れてるねえ〜 、これは痛かったねえ。お薬出しとこうね〜」と深刻さを吹き飛ばしてくれるようなのんびりさで言ってくれるのが好きだったのに、しばらく行かない間に代替わりしてしまったらしかった。

「よろしくお願いします」「今日はどうしました?」というやりとりもそこそこに、喉の調子を確認され、聴診器を当てられ、首や耳のあたりを触診された。
それはそれはとてもシステマチックで、いっそ清々しいくらいだったし、先生はよく見ればそこそこかっこいい部類に入る人だったのだけれど、わたしは侑士以外の男の人から素肌に触れられたのがとても不思議な感覚だった。
家に帰ってからもずっと鳥肌が立っているような気がして、ぞわぞわしたのはきっと、風邪だけのせいじゃない。

もらった薬を飲んでベッドに入っても、うつらうつらとしながらも熟睡はできなくて、それはひどく苦しかった。


侑士の長くしなやかな指が、私ではない誰かの首筋を這う…
そのシーンは、見たこともないのになぜか驚くほどリアルに想像できて、それがまた心を搔き乱した。
渦巻くのは、悲しみとも怒りとも悔しさとも虚しさとも取れる、ネガティブな感情。


侑士がそのうち私ではない女の人に触診するなんてことは、医学部に進学すると聞いた時点でわかっていたはずだったのに。

侑士の部屋に行ったとき、実験用の白衣が洗濯してあるのを見て「着姿が見たい」なんてせがんだら、あまりに似合いすぎていて二人とも変な方向に盛り上がってしまって、体調はまったく悪くないのに「お医者さんごっこ」なんて言いながらちちくりあって、流されるままに身体を重ねたことだってあったのに。
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