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短編集【庭球】

第17章 ゲーム・オーバー〔切原赤也〕


「なんでこんなとこいるんだよ」
「…切原こそ」
「違う! なんで勝手に帰ってんだよっつったの!」
「…いいじゃん別に。散々パシられたんだから」


「もう充分でしょ」と吐き捨てながら、射抜かれるようなぎらぎらした瞳から思わず目を逸らした。
連絡も入れずに勝手に帰ってしまった後ろめたさが、ほんの少し。
そして大半は、失くしたはずの恋にまだどきどきしてしまう自分に対する自省のために。


「そーいうことじゃなくて! 女一人でこんなとこ来てたら危ねーだろって話!」
「ちょ、切原、痛い」


掴まれたままの右肩を容赦ない力で揺さぶられて、小さく抗議の声を上げると、切原は「あ、わりい」とばつの悪そうな顔をした。
自分から文句を言ったくせに、離れていった手が淋しくて、私ってこんなに自分勝手だったっけ。


「ったくもー、何遍も電話したのに全然出ねーしさ…心配させんなよ」
「…ごめん、夢中になってて」


人差し指で頬を掻きながらそう言った切原の声が、いくぶん柔らかくなった。
心配なんてしてくれなくていいのに。
そんなことするから、こっちは無駄な期待をしてしまうのに。

切原は「ほら、帰るぞ」と今度は優しく、私の腕を引いた。
ディスプレイのエンディングは、まだ続いていた。




ゲームセンターを出ると、いつの間にか暗くなっていて、それまでの喧騒が嘘だったように静かで。
私の腕を引いたままゆっくり歩きながら、いつになく小さな声で話す切原の声が、いやにはっきりと聞こえた。


「今日、ケーキ屋連れてくつもりだったんだぜ。お前甘いもん好きって言ってたから」
「え?」
「丸井先輩にテッパンの店聞いてさ。なのに教室行ってみたらいねーんだもんな」
「…ごめん」
「これからはゲーセンだけじゃなくて、いろんなとこ行きたい。渚と」
「え…、きり、はら?」


ねえ、それって。
いや、でも、だけど。

期待することの愚かさを今日一日で嫌というほど叩き込まれたというのに、私の頭はまったく懲りていなくて、自分に都合のいいように脳内変換したがる。
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