第5章 五話
………。
嫌な沈黙が暫く流れたが、彼女が震える声をだした。
「……悠人くん…、あの…っ。」
「遥人、早く入れよ。」
………。
兄貴は彼女の話を聞く気がないらしい。
彼女には目もくれず、さっさと家に入ろうとした。
「…待って!悠人くんっ…。」
慌てて兄の腕を掴んだが、勢いよく振り払われて彼女が少しバランスを崩した。
「……二度と俺の前に現れんな…っ。」
静かな声だが、確かに苛立ちが含まれていた。兄はそう言ったきり、家に入っていく。彼女を見ると少し目に涙を浮かべていた。
「……あの…。」
「…ごめん。」
小さな声でそう言った彼女はそのまま走り去っていった。
…………。
俺も家に入ってリビングに行くと、兄貴は先程の冷めた表情ではなくいつもの感じに戻っていて、ソファにいつものようにだらっと寝そべっていた。
「……いいのか。」
「…何が?」
……何がって…分かりきっているくせに。
「…復縁求められて鬱陶しいんだよ。」
………。
ワザとらしくハハッと笑う兄。
「…んなことより、さっきの子、可愛いだろ?」
「……は?」
元カノのことにはもう触れられたくないのだろう。
まあ別に俺が無理に聞く必要もないし。
「…は?じゃねぇよ。」
「…兄貴にしては珍しいな。」
「まあ、そうだな。お前より一個下だ。俺の友達の彼女なんだけどよ。」
……本当に誰でもいいんだな。
人妻だったり、今日みたいに友達の彼女だったり。
そういや、この前は、兄貴は大学生なのだが、その大学の講師としたって言ってたな…。
立場は違えど、俺は保健室の先生にキスされたことが何故か頭を過ぎった。
「……兄貴はさ…。」
「ん?」
「……高校の時、教師としたことあるのか?」
………。
そう言って後悔した。何をくだらないことを聞いているのだろう。
「……なんだ、お前。先生としたのかー?」
「…いや。してない。」
「…まあ、したな。」
あっさりと教師と関係を持ったことを認めた兄。